はじめに
阪神淡路大震災や東日本大震災など、日本で最も被害を及ぼしている天災は震災です。
東日本大震災を例に挙げると、死因の割合で最もも多いのは津波による溺死、次いで圧死でした。
ぬく溺死に関しては水分の他に泥など汚染された水を含んでいることも死亡率を向上させる要因になったと考えられています。
その中でも圧死とも関係の深い、DCS(ダメージコントロールサージェリー)をトピックとして挙げました。
災害現場で特に求められるのは緊急性の判断です。医療ドラマでよく見るように命に影響のある状態を脱するために、災害医療では特に応急処置を行う場面が多くあります。
DCSは最上級の応急処置であり、災害を含めた外傷に対してとても重要な治療方法です。

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DCSを医療現場で適切に行うことができれば外傷に対する救命率は大幅に向上します。
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DCS(ダメージコントロールサージェリー)とは

DCSとはDamage Control surgeryの医療略語です。
ダメージコントロールサージェリー(DCS)とは元々軍隊の用語で、損傷した艦隊を応急処置をして近くの港に帰すことを意味します。
これを医療でも活用し医療現場では外傷治療戦略として使われます。
簡単に言えば外傷時の応急処置です。
骨折であれば応急処置はシーネ、治療がガンマネイルなどの手術に当たります。創傷であれば応急処置は洗浄や保護、治療で言えば縫合に当たります。
では、ダメージコントロールサージェリーは何に対する応急処置であるかというと、臓器損傷の応急処置に当たります。
外傷死の3徴
- 低体温(hypothermia)
- アシドーシス(acidosis)
- 凝固異常(coagulopathy)
死の3徴は心停止・呼吸停止・瞳孔散大ですが、死の3徴とは別に外傷死の3徴というものがあります。
外傷患者でこれらの因子がある場合には、予後不良と言われています。
全身の血流低下、エネルギーの産生低下、大量出血に伴い止血機構の破綻、解糖系や呼吸機能の低下に伴うアシドーシスの進行などどの要素も重症外傷では進行しやすい内容です。
特に低体温やアシドーシスはVSや血液ガスから早期に値が分かる為、出血量と血液ガスによるアシドーシスの進行やヘモグロビン(Hb)の低下、低体温があれば凝固機能も破綻してると考え早期に輸血を行います。
DCSの3要素
- 蘇生目的の初回手術
- 全身の安定化を図る集中治療
- 修復・再建手術
DCSは3つの項目から成り立っています。特に救急外来で行うのは蘇生目的の初回手術です。
重症外傷で、上述したような外傷死の3徴に近い危険な状態では手術室への移動もできず救急外来での緊急処置を余儀なくされます。

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今回は腹腔内出血に対するガーゼパッキングを一例にDCSを紹介します。
参考資料
ダメージコントロールサージェリーを学ぶならこの本をお勧めします。
特にダメージコントロールサージェリー(ダメージコントロール手術)などをテーマにした参考書は数少ないため貴重な一冊です。
様々な種類のDCSの方法や手技などを写真付きで掲載しており、比較的分かりやすく解説しています。

DCSを実施する医師のための参考書のため、看護師としては内容自体が少し難しい印象です。根気強く読み進めました。
腹腔内出血に対するDCSの一例
前述した通りDCSは蘇生目的の初回手術、全身の安定化を図る集中治療、修復・再建手術の3要素から成り立ちます。
具体的にどのような手順なのか、腹腔内出血のDCSを例に流れや手技を確認していきます。
事前連絡から救急搬送まで
高エネルギー外傷や腹部の強い圧痛、ショックなどのキーワードが聞かれた場合にはDCSを視野に入れます。
DCSを行う場合には最低限の手術器具、処置道具、人員確保などが費用になるため予めに手配してスタンバイしておくことが望ましいです。
DCSと合わせて外傷診療としての準備なども忘れずに行います。
搬送されてから処置室に到着するまでの間に、声掛けの反応の発声の有無、脈の触知と冷感などを確認して重症度を簡易的に把握します。
全身状態の把握
どの病態でも同様に最初は全身状態の把握から始まります。具体的にはABCDEアプローチで病態を把握して、並行してFASTなどを行うことで出血の有無などを確認します。
主な対応は以下のとおりです。
- VS測定
- エコーでFAST確認
- プライマリーサーベイ等で評価
- 採血で血液ガスを即時評価、その他生化学や凝固機能なども検体採取
FAST(ファスト)とは
- 迅速簡易超音波検査法でprimary surveyで行う
- 短時間(約1分)で外傷による出血を体液貯留から判断する
- 左右胸腔、心膜腔、モリソン窩、ダグラス窩、脾周囲の体液貯留を観察する
腹腔内出血の可能性あり
血圧の低下、Hbの低下、アシドーシス、エコーによる腹腔内体液貯留があった場合は腹腔内出血を早期に疑います。
この時点で凝固機能は低下している可能性が限りなく高いので、輸血で血液を補充します。
意識障害が強く、アシドーシスが進行していることから呼吸状態の悪化も加味して挿管し人工呼吸器管理を行います。
方針決定
この時点で腹腔内臓器の大量出血を疑います。
CTを撮る余裕があればCTを撮りますが基本的には緊急を要している為、エコー等から判断して行います。
本来であれば腹腔内出血であれば、開腹手術による止血及び損傷臓器再建を行いますが、出血に伴い凝固機能も低下しており、循環血液量も減少しています。
この状態で手術を行うと体の負担も大きく、手術に伴い出血量増加、凝固機能低下に伴い出血が更に進行したり、手術のために入れた傷から出血したりします。
しかし、手術をしなければ出血は止まりませんし、止血剤等で止血されるのを待つほど全身状態も良くありません。
『手術ができないが手術しなければいけない』
そんな時、第3の戦略として登場するのが『ダメージコントロールサージェリー』です。
3要素のうちの一つ目の項目である蘇生目的の初回手術です。
開腹・ガーゼパッキング
出血部位の検索の為に開腹します。
腹腔内の出血を出来るだけ取り除き、出血源を探します
短時間で出血源が見つかった場合にはバイポーラなどで焼却止血を施しますが、短時間で見つからなかった場合には即座にガーゼパッキングを行います。
腹腔内にガーゼを詰める事で一時的に圧迫止血の効果を発揮します。
※鼻血にティッシュを詰めるのと同じ要領です
その後、閉創しないまま必要であればフィルム等で保護し、応急処置を終了します。

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ガーゼカウントを忘れずに
集中治療
3要素の2項目目である全身の安定化を図る集中治療です。
輸血や人工呼吸器管理、凝固の補充等を行い、可能な限り早急に手術に耐えられる全身状態にします。
手術
3要素の最後の項目である修復・再建手術です。
ここで、出血源を確実に止血し、可能な限り元の状態に再建します。
初療で行うDCSにおける看護師の役割

来院してからDCSによる応急処置を始めるまでの時間は非常に短く、経験測では30分から1時間以内に開始することがほとんどです。
実際に開腹やガーゼパッキングを行うのは医師ですが、DCSの際に看護師がどのような役割を持って立ち回るかで処置を開始できる時間も処置を行う時間も大きく変わってきます。
DCSを行う上での看護師の役割には主に以下のようなものがあります。
- 全身状態の観察(VS測定を含む)
- 輸液・輸血の準備
- 手術の介助(機械出し・外回り)
- 記録

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とても1人の看護師でこなせる業務量ではありません
看護師が機械出しに入った場合、それだけで他の業務は行えなくなります。
手術室の看護師が入ることもありますが緊急かつ早急な対応が求められるため、必ずしも手術室の看護師ができるとは限らないです。
その場合には手術室経験のある看護師が機械出しに入ったり、別の医師がサポートとして入ったりと臨機応変な対応が求められます。
また、医師がDCSに集中している場合には、VSの変動や全身状態の観察は看護師が行い早期に報告・対応できるよう努める必要があります。
看護師も負担の多いDCSにおける看護ですが、最善の看護を行うためのポイントとしては大きく2つあります。
1つはできるだけ予測し準備を行うこと、もう1つは役割分担を適切に行うこととです。
重症外傷、血圧低下、意識障害などのキーワードがあった際には念頭にDCSを意識し、来院前に機材の確保・準備を行うことでスムーズに対応ができます。
また、DCSの対応に看護か1人では不十分なので、早期に人員確保を行い大人数で対応して下さい。
その際に重要となることが役割分担です。
機械出し、外回り、記録や全身状態の観察と指示を出してやることを分担することで業務が煩雑になるのを防ぎます。
まとめ
ダメージコントロールサージェリーはあえて手術を最後まで行わないことで救命率の上昇を図る処置です。
最後まで治してあげたい気持ちを抑え、救命のために応急処置で留めます。
緊迫した状態では看護師はいかにスムーズに治療の補助や医師と連携が出来るかが重要となってくるので、これを機会にDCSを理解し更に学びを深めて欲しいです。
参考資料にはガーゼパッキングのみでなく様々な疾患に対するDCSが記載されています。
参考書の内容は医者向けですが、腹腔内出血に対するガーゼパッキングなど経験と照らし合わせることで理解できる部分も多くあるので、重症外傷に対する看護として覚えておいてもらいたいです。
