症候学とは
Nurse
症候学とは症状を手掛かりに疾患や病態を考え対応していくことです。通常の入院患者への対応とは逆の考え方になります。今回は症候学の中でも嘔吐に焦点を当てて解説していきます。
症候学とは英語のsemiologyの邦訳であり、症状の原因を追究する学問です。
入院患者の対応を行うとき、一般的には入院してきた現病歴があり、診断結果を基に付随する症状への対応、根本治療を行います。しかし、症候学はその逆であり、症状から予測できる疾患・病態を考え、症状の原因を読み解いていきます。
症候学を学ぶことで急変対応や救急外来、プレホスピタルなど予期せぬ症状に対して迅速に感が判断および対応ができるようになるため、非常に重要なトピックスです。本記事では症候学の中でも比較的よく見られる嘔吐について紹介していきます。
参考資料
ゼロからわかる救急・急変看護
救急外来では症状別看護考え方が基本となるため、症候学を学ぶにはオススメの参考書が数多くあります。こちらの参考書は救急の参考書の中でもシンプルで分かりやすい参考書で、フルカラーかつイラストが多い点などが特徴です。
嘔吐以外にも様々な症候学が看護師の視点で観察項目なども記載されており、オススメです。
また、2024年のexpert nurseでも症候学が取り上げられており、症候学を学ぶにはオススメの医療雑誌です。
expert nurse症候学一覧
発売号 | 症候学 |
---|---|
2024年1月号 | 発熱 |
2024年2月号 | 眩暈(めまい) 前編 |
2024年3月号 | 眩暈(めまい) 後編 |
2024年4月号 | 腹痛① |
嘔吐に対する症候学
ここでは嘔吐の症状から予想する病態・随伴症状などを紐解いていきます。
嘔吐は症候学の中でも比較的起こりやすい疾患です。嘔吐のメカニズムと緊急性の高い病態を理解することで、急変時や救急外来などにおける初期対応を円滑に実施することができます。
症候学:嘔吐の特徴
- 原因疾患が幅広く全身症状の一つのため、安易に胃腸炎と診断しない
- 脳や心臓などの緊急性の高い疾患が起因している可能性がある
- 吐血は嘔吐を繰り返した上のマロリーワイス症候群の可能性もある
嘔吐関連用語の意味とメカニズム
嘔吐は嘔気と共に誘発される胃内容物の逆流です。嘔吐の原因は消化器によるものや嘔吐中枢に起因するものなど様々ですが、前駆症状で嘔気が出現することがほとんどであるため、嘔気症状出現時に原因を予測し対処できると症状悪化を防げます。
用語 | 意義 |
嘔吐 | 口から食べたものや水分、消化液などを急激に口から吐き出すこと |
中枢性嘔吐 | 延髄に存在する嘔吐中枢障害による嘔吐 |
末梢性嘔吐 | 迷走神経や前庭神経の障害による嘔吐 |
嘔吐と随伴症状の観察
緊急性の判断をするためには嘔吐とそれに伴う症状の観察が重要です。観察する際は嘔吐の状態とSAMPLERを観察すると適切に情報収集が行えます。
嘔吐の観察項目
- 嘔吐の頻度
- 嘔吐の量
- 嘔吐の性状(胃液様.食物残渣様など)
- 血液混入の有無
SAMPLER
SAMPLERは嘔吐の症候学に限らず、様々な問診で有効なので覚えておくと良いです。
嘔吐の対応・評価
嘔吐の対応・評価はABCDEアプローチで行います。誤嚥や窒息のリスクの高い嘔吐では、特に気道や呼吸への対応が重要です。
ABCDEアプローチ
- A(Airway):気道
- B(Breathing):呼吸
- C(Circulation):循環
- D(Dysfunction of CNS):意識と神経
- E(Exposure&environmental control):体温
これらの項目は急変時や初期観察では必須の評価です。嘔吐時における観察のポイントや対応の方法をまとめます。
観察のポイントと対応
項目 | 観察のポイント | 対応 |
A | ・嘔吐に伴う窒息や気道閉塞の有無 | ・嘔気時や嘔吐直後は横向けて誤嚥防止 ・可能であれば吸引(嘔吐を誘発する場合は吸引は避ける) |
B | ・誤嚥.気道閉塞時の呼吸状態悪化(頻呼吸.SpO2低下) | ・頻呼吸やSpO2低下が見られた場合には酸素投与 |
C | ・原因疾患が循環器疾患の場合はショックに陥る可能性あり ・血圧は定期的に測定 ・大動脈解離を疑う場合は血圧の左右差も測定 | ・制吐剤投与も考慮して早期に静脈路確保 ・ショックの場合は細胞外液の急速投与 |
D | ・中枢性嘔吐の場合は神経学的初見の異常.意識障害.瞳孔不同を伴う ・意識障害はGCSでも評価 | ・麻痺症状などがある場合は脳血管障害を疑う ・クッシング現象が見られる場合は降圧及び早期にCTを検討 |
E | ・発熱を伴っている場合は感染症の可能性あり | ・採血などから炎症反応を検査 ・クーリング |
その他 | ・嘔吐の量.性状 ・胸痛などの胸部症状 ・腹痛などの消化器症状 ・頭痛などの頭部症状 ・血液ガスによる代謝性アルカローシス ・多飲.多尿 | ・随伴症状から原因検索 ・嘔吐は制吐剤 ・腹痛時は腹痛の程度や部位を確認後、鎮痛剤を投与 |
嘔吐時は嘔吐の観察と原因に伴う観察、双方を視野に入れて対応を行います。
特に消化器症状では腹痛に加え、腹膜刺激兆候や排便、近日の飲食の内容なども観察します。
嘔吐では嘔吐臭(口臭)も観察することで原因検索に役立てます。
嘔吐臭(口臭)の観察と原因疾患
臭いは嘔吐直後に推察できる観察項目です。アセトン臭がある場合には糖尿病の既往歴の確認と血糖測定、尿臭が強い場合にはエコーでの観察や血液ガスによるクレアチニン値の簡易スクリーニングなどを積極的に考慮します。
嘔吐の原因検索
全身状態が安定するのと並行、または症状安定後には嘔吐の原因検索が必要です。嘔吐に加えSAMPLERで聴取した問診事項や随伴症状から原因を特定していきます。
食事時期と原因疾患
嘔吐と食事時期は関連性が高く、食事前に起きたのかあるいは食直後に嘔吐したのかで原因を推察できます。
食事時期から推察する嘔吐の原因疾患
随伴症状による原因検索
症状 | 病態 |
明らかな腹痛/圧痛 | 腹腔内疾患 |
胸痛/心血管リスク | 急性冠症候群 |
耳鳴/眩暈 | 内耳疾患 |
頭痛/神経学的所見 | 頭蓋内疾患 |
発熱 | 感染症 |
多飲/多尿 | 血糖異常 |
妊娠可能な女性 | 妊娠 |
薬剤歴 | 血中濃度測定(ジゴキシン.テオフィリン) |
どれでもない 軽い腹痛 | 代謝疾患含め再度鑑別 |
メカニズムによる鑑別
消化管/心臓系(末梢性) (セロトニン5-TH3 受容体) | 腸閉塞 |
消化管穿孔 | |
急性胃炎・膵炎・胆嚢炎 | |
悪性腫瘍 | |
急性冠症候群 | |
急性大動脈解離 | |
中枢神経系 | 脳卒中、脳浮腫 |
くも膜下出血 | |
髄膜炎 | |
緑内障 | |
糖尿病性ケトアシドーシス(DKA) | |
前庭系 | 耳性眩暈 |
乗り物酔い | |
化学受容体 引金帯(CTZ) (ドパミンD2・ ヒスタミン作動性H1・ セロトニン5-TH3受容体) | 細菌毒素、尿毒素 |
アルコール | |
抗癌剤 |
NAVSEAによる原因検索
嘔吐は様々な原因によって誘発されるため随伴症状のみで判断すると緊急な疾患を見逃すこともあります。そのため、NAVSEAに沿って行うと重症度の高い疾患を意識して原因検索が行えるため、隠れた病態を見逃しにくいです。
NAVSEAとは海軍海上システム司令部を示すアルファベッドの頭文字
I have Nauseaによる原因検索
NAVSEAと類似する原因検索としてI have Nauseaがあります。こちらも嘔吐の原因となる疾患の頭文字を取ったものです。
鑑別項目は多いですが、こちらも嘔吐の原因として見られることの多い疾患が含まれているので意識して観察を行うと良いです。
NAUSEAとは嘔気.胃のムカつきなどの意味を持つ英単語
薬物療法 主な制吐薬
一般名 | 商品名 | 作用部位 | 特徴 | 注意点/副作用 | |
プチロフェノン | ハロペリドール | セレネース | CTZ. ドパミン受容体 | ・麻薬.代謝や化学的刺激による嘔吐に有効 | ・錐体外路症状(筋硬直.仮面様顔貌.焦燥感) |
フェノチアジン | プロクロルペラジン | ノバミン | CTZ. ドパミン受容体 | ・ドパミン系を遮断することによりCTZを抑制 ・効果は高い | ・抗コリン作用(口渇.便秘) ・錐体外路症状の発現は比較的少ない |
クロルプロマジン | ウィンタミン | CTZ. ドパミン受容体. 嘔吐中枢 | |||
レボメプロマジン | ヒルナミン | ||||
運動亢進 | メトクロプラミド | テルペラン | CTZ. ドパミン受容体. 末梢神経 | ・胃内容物停滞やイレウス.化学療法後の症状に有効 | ・ナウゼリンはメトクロプラミドより錐体外路症状を起こしにくい |
ドンペリドン | ナウゼリン | 末梢性ドパミン受容体 | |||
クエン酸モサプリド | ガスモチン | CTZ. ドパミン受容体 | |||
抗ヒスタミン | 塩酸プロメタジン | ビレチアヒベルナ | 嘔吐中枢. 大脳皮質. 前庭器官 | ・主に体動時の悪心,乗り物酔いに効果 | ・鎮静作用が強いため、服用中は運転不可 |
抗眩暈 | ジフェンヒドラミン | トラベルミン | |||
5HT3受容体拮抗薬 | 塩酸グラニセロトン | カイトリル | 末梢神経. CTZ. セロトニン受容体 | ・抗がん剤投与後の消化器症状.及び頭部への放射線療法に伴う症状に有効 | ・ステロイド剤との併用で効果増大 |
まとめ
嘔気の症候学は比較的身近かつ遭遇することの多い症状です。特に原因となる疾患が多岐に渡るため、あらゆる診療科に置いて必要な知識となります。
特に嘔吐直後は気道管理.呼吸状態の安定に急を要することが多いため、知識を身につけることで急変時や救急対応時に冷静に判断できるようになります。
症候学と一緒に緊急性の高い疾患の病態と治療を結びつけておくと、方針が定まってからの対応がさらにスムーズになります。